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2015年5月13日 (水)

「くらしの作文」より・・・

中日新聞の「くらしの作文」より
 【神様が用意した物】   高山市 80歳女性

「神様はどのような一年を私に用意して下さるのだろうか」
八十歳を迎えるにあたり、今年の年賀状に期待と不安を絡ませ書いた。
 雪もほぼ解けた三月末、銀行の駐車場の車止めにつまずき、見事に転倒した。
 一瞬(何が起きたの?)。アゴと上唇がヒリヒリ痛い。
手を当てると血が・・・。
 「落ち着け」。心の中で叫びながら車へ戻ったが、左膝も強打したらしく、歩けない。
夫に電話し、接骨院へ。
 幸い、骨に異常はなかったがズキズキ痛む。あごには内出血の色が醜く出て来た。上唇には血がにじんでいる。
 マスクで顔を隠し、杖をついたり夫の肩を借りたりしながら通院。
初めての経験ばかりで、トホホの毎日だ。
 それから二週間、まだ片足が思い通りにならない。
スイスイ歩けることが当たり前だと思っていた私。
 あっ。神様は「感謝と喜びをおろそかにしないように」
との、教訓を用意されたのか。
 「これからは、足元に気を付けて歩きます」と接骨院の先生につぶやくと「いいえ、五~六㍍先に目線を置いて歩いた方が良いのですよ」
と、優しい笑顔。
 帰り道、それは「足元、つまり、今では無く、少し未来を見なさい」
と云う暗示なのかもと、気が付いた。


こんな記事が載っておりました。
 「今の足元より、少し先の未来を見なさい」・・・だと?
80歳のお婆さんに、少し先? どれくらい先の未来?
 と考えてしまいました。

私で云えば・・・・相方がこの世にいなくて、一人老婆の私がいる。
 どんな毎日を送っているのかしら?

神様・・・私には、明日の事は解りません。
      今日が楽しければ、良いジャン。。。の私です。

 神様は、私にどうな用意を?
用意するのかしら?

山の「久田見祭り」より
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コメント

こんにちは。

年を取り、あちこち思い通りにならなくなるでしょう。
その頃こそ、車も運転できず、どこへでも自分の足で行かなければならず、
過酷な老後が待っているのかと、内心不安です。
何事も自分のペースでこつこつと日々を過ごしていくのが最善の策である
のかなと、考えています。
一人老婆の私、想像するだけで涙が出そうよ。

この80歳の老婆様は今までとてもお元気だったのでしょう
私は60代に入った頃、道路の縁石につまずいて思い切り転倒!
すぐ目の前の家電量販店のトイレで顔を見たら血だらけw(゚ー゚;)wワオッ!!
顔面強打で鼻の下と顎が腫れまくってたギャ―Σヾ(゚○゚)ノ― !!!!
マスクで顔を隠して医者通いをしてました(ノ∀`)・アヒャヒャヒャヒャ
実際、年を取ると先のことなどどうでもよく足元しか見てない、、
医者の言葉は身体と人生の両方を意味してたのかも (*゚0゚)?
一人老婆の私?ルンルンかもよヽ(*>∀<*)ノキャハハ

sakuraさんのコメ返の前に、再びおじゃましま~す。

一人老婆で涙が出そうな私と、ルンルンかものマイペースさん。
どうよ、この違い?

自立しなきゃー!  Σ(゚д゚lll)アブナッ !

おはようございます
私はちょうど70歳で花の独身となりました
神様がそうなさったのでしょうが、
それならそれで、与えられた余生をいかに生きるか
ネガテイブに生きるより、生かされている間は、ポジテイブにって腹を据えましたね

時々は不安がいっぱいになりますが、なんとか70代を終わりそうです
80になったらまた道は切り開いてと思ってます
いよいよとなったら公的お世話になると思ってますが
どうなるかなってみなければわかりませんね

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