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2013年8月16日 (金)

68回目の終戦記念日

 

  今日は68回目の終戦記念日。==全国的にお盆。

  この日は、色々な場所で記念日を迎え、お盆と云う風習を過ごしてきました。
今年は、娘とゆっくり終戦記念日を送る事となりました。

 12時丁度、この暑いのに・豚骨ラーメン4人分を作り汗だく。
この地域の防災放送で「只今より終戦を記念して1分間の黙とうを捧げます」
 ウーウーのサイレンと共に・・・・「ごめんなさい!今、丁度ラーメンを茹で上げております。心の中で黙とうします」

  娘はTVに向かい、黙とう。 うーうー
(ニュースにこの国の総理が参拝したとか、しなかったとか。そんな事は・・ラーメンを作りながら黙とうを捧げている人もいる。)どちらでも良いのでは?

  それより、娘に68回目のの終戦を語り合えたことが良かった。

 相方の生まれの鹿児島の事は、娘にとって身近に感じられた。
丁度、TV映像で知覧特攻隊の話、何度も行った開聞岳。
初めて、娘に「観光の地」ではなく、「戦争の知覧」について話が出来た。
 あの、そうめん流しを食べに行った開聞岳は・・特攻隊員の出撃は日本国の象徴富士山姿の別れの地。
  グルリと一回り旋回をして・・・「お母さん!」 最後の言葉。
   ホタルの姿になって、帰ってきた。 決してドラマじゃない。

 その中継を、娘は涙を流しながらTV見ていた。

 その夜は、相方が・・「お父さんは大蓮で生まれ、2歳に日本に帰ってきたんだよ。運が悪ければこの日本にいなかった」と、語り。
   それぞれの終戦記念日。

 なにより、終戦を子供に伝えられたことは大きな出来事の一日でした。
そして、日本全国お盆。 叔母の初盆は正確に言うと来年だが・・・
  ご先祖様***こちらは元気に過ごしておりますのでお構いなく。


       


         


              

   灯篭流し・・・・・・

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コメント

戦争を体験した人も、しばらくするといなくなってしまいますね。
私たちの親は戦中を生きた人です。
子供の頃に、疎開や父の弟が特攻隊で戦死している話など、うっすら聞いた憶えがあります。
若い政治家の憲法改正や戦争責任の話を聞くと、複雑な思いがします。
娘さんと語れた終戦記念日、意義がありましたね。

けいさん~~
相方の実家には今でも軍服姿の父親写真が飾られております。
口ひげを生やし、日本刀を手に、キラキラ勲章。
まるで、映画の中の人物のよう(50才頃)
私の方の親からは、B29から逃れ、名古屋栄で火災を受けた話。
戦争は悲惨です。戦争は反対です。


先日の日本縦断の旅で知覧にも行ってきました
あの若者たちの【涙】のおかげで今の日本の平和があるような気がしました。

元気ばば様~~
そうでしたね。日本横断鹿児島編では色々廻られたんですよね。
知覧特攻会館からのTV宮根やさんのお話は何度聞いても涙が出ます。
戦争体験者の声を戦争を知らない人に語り継がなくては・・・

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